
ラブレターフロム俺 〜もしも貴方が一緒にいたら〜 2006年11月26日
いつも楽しく過ごしたいと願っている。
一人でいるのも然程辛くないのでただ、道を歩いているだけでも楽しく感じる日もある。
同じ道を歩いていても楽しくない日もある、その時の精神状態がただの散歩であっても左右している。
僕は小学校、中学校にちゃんと行く子供ではなかった。
変わった母親で「行きたくなかったらいかなくてもいい」なんて言われていたのを迷わず実行していた。
学校では友達も多い方だったと思うし、彼女もいた。 不良少年だったわけでもない。
尾崎豊のように俺は自由になりたいんだぁー的な反抗心なんてのもなかった。
13,4年しかまだ生きていなかった僕には学校に向かう2時間の道のりの中に常に新しい出来事が目に入ってきた。
バス停に向かう道のりで山の緑に心を奪われ、川のほとりで木々を眺めていたかったり、
地下鉄のベンチで足早に歩く人達の足を眺めているだけで楽しくかんじた。
勿論、先生からは怒られてしまうが、正当な理由が当時の僕にはあったような気がする。
そんな昔の正当性なんて忘れてしまう位、幼い思考であったのだろう。
まだ僕は28年しか生きていないのにあの頃の僕と比べてどれだけの感動を失ってしまったのだろう。
いつもと代わり映えのしない街の風景と感じてしまった自分が悲しくなってしまった。
あの頃は一日が長く、一年はもっと長く、自分が死ぬまでにはものすごく長い一生を生きていくのだと思っていた。
一瞬でも感じた事を忘れないようにしようとしていた10代。
日々に追われ、感じている事に気づかなくなってきている20代。
刻一刻と死に向かう時間のなかで自分らしく生きていく為に何をすればいいのか、悲しみを背負いながら死んでいくのはあまりにもさみしすぎる。
誰かのせいでもなく誰のためでもなく、 優しく生きたいと思えた30代手前であった。

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